分散型SNSとの関わり方について今一度考えてみる
本日、分散型SNS「Mastodon」の日本語圏から、とある有名なサーバーがひとつ消えます。
かつては私もそこに籍を置いていた時期がありましたが、過去にいろいろあり、既に自分自身のアカウントを削除済みである上に、あちらの管理者氏との交流も途絶えています。
あそこのサーバーの規模の割には、サービス終了に伴うゴタゴタはあまり見聞しません。3ヶ月前の時点でサービス終了が告知されていて、準備期間に余裕があったからというのもあるかもしれません。
もっとも、あちらの常連氏の中で、私が運営するサーバーに興味を持つ人はどうやらいなさそうであり、こちらとしては良くも悪くも無風でありますが。
こんな時期であり、また、別件でもいろいろありましたので、改めて、自分にとっての「分散型SNS」(Fediverse)とは何か、また私はそれにどう関わるべきかについて、少し考えてみようと思います。
本当に「分散型SNS」は「分散」できているのか?
本日サービス終了となるとあるサーバーについては、Mastodon日本語圏では「大手」の部類に入るところで、最終的にアクティヴユーザ数だけで1,600アカウントを超えるまでになりました。
しかし、日本語圏に限った話でもないのでしょうが、どうも多くのユーザーが少数の大規模サーバーに集中してしまっているのではと思えます。
まあ、多くの人が使っているということで安心感はあるのでしょうし、人の多いコミュニティであれば他者との繋がりを増やしやすいということもあるでしょう。Mastodonでは検索機能が意図的に弱くなっているということもあり、人との繋がりやすさで言えば、中小規模のサーバーがどう頑張っても大規模サーバーにはかないません。
しかし、自分には、それが「分散型SNS」のあるべき姿とは、どうしても思えないのです。
「アクティヴユーザー数2桁の弱小サーバーの管理者が何かほざいているよ」と思う人もいるかも知れません。それについては否定できません。しかし、前々から自分はあまり大規模サーバーにいい印象を抱いていません。
モデレーションちゃんとできている?
まず真っ先に気になるのはモデレーションの件。
ちゃんとサーバーの管理が行き届いているのであれば、サーバーの規模がどうであろうとまっとうなユーザーにとっては使いやすいサービスだと思います。
企業運営の中央集権的なSNSであれば、資金力でサーバーの管理を強化することは可能と思われます。
しかし個人運営のサーバーの多い分散型SNSではそれが当てはまりません。
大規模になればなるほど、管理が行き届きにくくなり、またあまり好ましいとは言えないユーザーも増えてゆくこととなります。通報対応も、アクティヴユーザー数が2桁前半ぐらいであれば、管理者1名態勢でもどうにかなると思いますが、3桁を超えると副管理者もしくは専属のモデレーターが複数名必要となるでしょう。
かと言って、闇雲に副管理者やモデレーターを増やせばいいというわけでもありません。ほかのプラットフォームではどうか存じ上げませんが、Mastodonでは「モデレーター」権限はサーバー内のユーザーのメールアドレス等を閲覧することができるくらいには強力な権限です。これは任命する側にも引き受ける側にも相応の責任が伴うものであり、しかも権限を付与した人物に悪意があった場合は取り返しのつかないことになります。最悪、コミュニティ閉鎖にも繋がりかねません。
私が運営する政治系コミュニティ「LIBERA TOKYO」では「リベラル(自由主義)」をテーマにしていますが、あそこの運営体制はリベラルとは真逆で、管理者1名(私)による独裁体制だったりします。上述の理由により下手に常連にモデレーター権限を付与できないことと、過去に味方のふりしてコミュニティ破壊に繋がる行為を働いた者が実際に複数名いて、モデレーター権限を与えるどころかコミュニティから追放しなければならない事態に発展してしまった、というケースがあるのが理由です。
もっとも、「LIBERA TOKYO」のような小規模サーバーであれば、管理者1名態勢によるモデレーションでもどうにかなりますが、大規模サーバーの場合は問題が起きたときに対応が追いつかなくなるということがときどき発生します。管理者1名態勢ではなくモデレーションチームを組んでいるところでもそんな状況に見舞われることもあるようで、ユーザー数を増やしすぎるのも考え物と思う次第です。まあ、これを「事業」としてやるのであればまた話は違ってくるかもしれませんが。
あと、大規模サーバーの運営の中には、例えば人種差別発言のような、本来であれば適切に対処すべき内容の投稿を、複数の人による指摘があるにも関わらず意図的に放置する、というケースもあるようです。
ひどいところだと、コミュニティの運営者が自らその手の発言をおこない、外部の人々からの反感を買う、などというケースもあります。しかしコミュニティ内部から諫める声が上がったという話を少なくとも自分は聞いたことがありません。そういうところではヒエラルキーが存在して、一般ユーザーが管理者やモデレーターにものを言いにくくなっているのかもしれません。
内輪ノリになっていない?
個人的にはある意味モデレーションよりも大きな問題として、せっかく「分散型SNS」として他のコミュニティとも緩く繋がりができているにもかかわらず、ローカルコミュニティ内で内輪ノリ状態になっていないかという懸念があります。
自分も、「分散型SNS」の世界に足を踏み入れてからの9年弱の間、自前でサーバーを立てたり、大小様々な規模のコミュニティに参加したりしていました。しかし、どうもサーバーの規模というかアクティヴユーザー数に比例して、内輪ノリの度合いが増しているのではと思えます。
先述の「LIBERA TOKYO」のように特定のテーマを掲げているサーバーであり、かつ、そのテーマに関する話題の多いところであれば、まだわかります。
まあ、「LIBERA TOKYO」は政治系の発言も多いのですが、結構雑談も多いです。私自身も半ば意図的にそう仕向けています(ぉぃ)。
しかし、特定のテーマを定めていなかったり、定めてあってもそのテーマで発言内容を縛っていないようなところであっても、内輪ノリが蔓延してしまい、下手すると「排外主義」が働いているのではとすら思えるようなところも、残念ながら過去に私が参加していたコミュニティの中にはありました。
ひどいところになると、政治系でないにも関わらず管理者以下常連の大半がいわゆるネトウヨ(ネット右翼)というとんでもないところすらあったりします。
個人的には、過去の自分の経験からしても、内輪ノリに終始しているようなところとは肌が合いません。
もっとも、そんな私のような人間であっても、分散型SNSではいわゆるお一人様サーバーを立てることで、完全に近い形で自分自身でタイムラインや関わる相手をコントロールするという手段もあります。もっとも、これはある程度の資金力とサーバーの知識が必要であるため、万人にお勧めできるやり方ではありませんが。
「排除の論理」が働いていない?
先述の内輪ノリとも関連しますが、特にMastodon日本語圏では、コミュニティに「排除の論理」が働いているのではないかと思うことがしばしばあります。
コミュニティやそこに参加するユーザーを守るために利用規約を定めて、同意できない人の利用を断るということは、あってしかるべきだと思います。
しかし、それとは全く別に、気に入らない人間を集団から排除しようという論理を、これまでもまざまざと見せつけられてきました。
2017年4月に、日本でもMastodonブームが始まりましたが、その火付け役となったサーバーに「mstdn.jp」というところがあります。
そこのルールに「みんな仲良く」というものがあるのですが、それこそがまさに排除の論理の源泉というべきものです。
過去にも自分はこのルールについて言及したことがあります。
自分は、現実世界でもネットでも、「みんな」の枠の外に追いやられることが多々あり、その都度理不尽さと排除の論理を感じておりました。
そもそも、「みんな仲良く」のルールの説明にしても、文字通りの意味で他人と仲良くしましょうということではなく自分と合わない人を遠ざけようということが書かれていて、言葉の選び方としては悪質と思ってしまいます。
3年前に書いたこの一文、今でもそっくりそのまま当てはまります。
この世に存在するすべての人間と仲良くすることなど不可能です。それに、うわべだけ仲良くしても裏で何を考えているのかわからない者が多いと安心してそのコミュニティに参加することなど出来ません。過去に何度も、「みんな仲良くしましょう。ただしお前は例外な」という態度を取られた者としては、その言葉を文字通りの意味で信用することなど出来ません。
それならば、まだ、利用規約をガチガチにしてくれたほうが、まだ安心できます。よくわからない基準で排除されるなんてたまったものではありません。
自分がMastodonの大手コミュニティを半ば意図的に避ける事情のひとつに、間違いなくこれがあります。
敢えて「大手」を遮断してみる試みもしたが…
私自身も、あえて大規模コミュニティから隔絶した空間を設けて、そこで隠れ家的に過ごそうと考えていた時期があります。
自分が「まいった~」という隠れ家的コミュニティを開設していたのはまさにそれが理由です。もっとも、これについては8日後の2月8日(日)に運営終了を予定していますが。
結局、大規模コミュニティから隔絶した空間については、自分が思っていたほどのニーズはありませんでした。ただ、過去には実際にその目的で「まいった~」を活用してくださった方がいらっしゃるのも、また事実です。
今後、私が自ら大規模コミュニティから隔絶されたコミュニティを作ることはもうないと思いますが、大手偏重傾向を問題視する方には、こんなやり方もあるよということを頭の片隅にでも入れて置いていただければと思います。
とはいえ、人とのつながりそのものは増やしたい
散々大手に対する否定的なことをいっている私ですが、それでも、他者とのつながりそのものは増やしたいと思っています。
現在、私は、計6箇所のMastodonサーバーにユーザー登録しています。私自身が設置しているサーバーが(近日運営終了予定の「まいった~」を含め)3カ所、他人様が設置したサーバーにも3カ所。
しかし、それら以外にもさらに1カ所、ユーザー登録したいと考え始めています。
それには他者とのつながりのほかにも、とある切実な事情もあるのですが、現時点ではまだ伏せておきます。
もっとも、これまで自分が書いてきたように、自分が新規に登録するサーバーについては、ある程度以上の規模(というかアクティヴユーザー数)を持つところは避けると思います。目安としては、アクティヴユーザー数が500を超えるところにはまず登録しないと思います。
自分が登録する条件をざっと書き出してみると、こんなところです。
- Mastodonで運営されている。
- アクティヴユーザー数の目安としては500以下。
- 100~500程度の中堅クラスのところが望ましい。
- 管理者が日本語話者である。
- サーバーの主題(テーマ)を特に定めていない。
- 私自身が運営するサーバーのいずれからもドメインブロックされていない。
もっとも、これらの条件をすべて満たすところはさすがになかなかないとは思いますが。あくまで理想論ということで。
もし、私のメイン・アカウント「@Telmina@one.telmina.net」と相互フォローでMastodonのサーバーを運営されている方の中で、私を受け入れてやってもよいという方がいらっしゃれば、ご一報いただけると幸いです。
Mastodon日本語圏黎明期には、中堅規模でコミュニティとしての雰囲気もなかなかよかったサーバーがあったのですけどね。残念ながらそれももはや過去の話です。
余談:また変なAI画像作りやがったな
今回挿絵として作った画像は、普段の例に漏れず、「Stable Diffusion web UI」(画像生成AI「Stable Diffusion」のWindows向け実装)で生成しております。
5人の登場人物がいてうち1人だけ後ろ向きである上に格好も違うのですが、この後ろ向きの人物は、性別からして異なりますが私自身を描いたつもりです。
コミュニティから排除されている自分自身の姿を、AI画像に投影させました。
3年前にも同じ意図の画像を作っているのですが、顔面が崩壊したりしてあまり画質がいいとは言えなかったので、これを機に構図も変えて作り直したのでした。
人間、3人集まればそこに派閥ができると言われていますが、そうなったときに私は真っ先に排除される人間です。少なくとも幼少期からこれまでの人生はずっとそんなことばかりでした。半世紀も生きてきていまだに友達や恋人の正しい作り方も知りませんからね。
世の中にはそんな人間も確実に存在するのだよということを、AI画像で多くの人に理解してもらえれば…。
