新年のご挨拶・2026
2026年の幕開けです。
今年は「午年」です。
昨年は、日本人の民度の低下が底なしであることを痛感させられた一年でした。選挙は排外主義者や差別主義者に蹂躙され、ちまたでは外国籍あるいは外国出身者というだけの理由でいわれなき差別を受ける人が大勢いることが顕在化されました。
また、個人的にも、健康的にも精神的にも経済的にも追い詰められ、一時は本気で死を覚悟しなければならなくなる状況にまで追い込まれておりました。まさに「奴隷労働」と呼ぶのがふさわしい状況で、それから抜け出したあとには一昨年同様無収入期間を作ってしまい、ますます生活が困窮しております。
一昨年、そして昨年の元日、自分は個人的に前年よりもさらに一段高いところに登りたいと願っておりました。
しかしいずれの年も、その願いは叶いませんでした。
今年の私は、空翔る天馬のごとく、さらなる高みに登りたいと思います。仕事面でも、経済面でも、もちろん趣味の観点でも。
私は2023年以降、元日に初詣シーンを彷彿とさせる(?)AI画像を生成しており、特に2024年からは干支にちなんだ画像を生成するようにしております。
今年は、画像生成AI「Stable Diffusion」のWindows向け実装である「Stable Diffusion web UI」を用いて、先述の願いを叶えるべく、空翔る天馬を召喚しました。天馬よ、我が願いを天に届けたまえ。そして我を崇高なる場に導きたまえ!
なお、今年はあくまで「午年」(うまどし)です。決して「馬鹿年」ではありません。
冒頭で述べたように日本人の民度の低下が底なしであることを痛感しておりますが、これまで散々、「馬鹿」を「馬鹿」であるまま放置どころか増長させ続けた結果です。
「馬鹿な奴は何もするな」と言う気はさらさらなく、己を磨くための挑戦はむしろどんどんすべき。しかし、「自分は馬鹿だから」と開き直って馬鹿なことしかしないうちはいつまで経っても「馬鹿」でしかありません。「自分は馬鹿だから」と開き直るのは愚の骨頂であり、人として恥ずべきことです。それどころか、「馬鹿」を「馬鹿」のまま増長させることは害悪にすらなり得ます。特に政治家やそれに準ずる立ち位置の者による「馬鹿」は国益にも反します。
これは私自身にも言えることですが、自分が他人に対して誇れるもの、自信を持てるものを、ひとつでもいいしふたつでもいいのですが持つべき。何もできない馬鹿と開き直っているうちは本当に馬鹿でしかありません。私に限らず、今年は「馬鹿」から脱するための一年にすべきなのです。
繰り返します。今年はあくまで「午年」(うまどし)です。決して「馬鹿年」ではありません。
毎年同じことを申し上げているような気がしますが、本年も、公私ともに、とてもではありませんが新年を祝う気分ではありません。しかしながら、本年が終始良き一年となることを祈念すべく、福を授かる所存にございます。
2026年も、よろしくお願い申し上げます。
2026年 元日
Telmina

